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第4話「猫のからだの特徴を知ろう」

世界の猫の品種は、90%以上が雑種とされています。現在、色々な名前を使って販売している猫の品種は、各キャットクラブの団体がそれぞれの基準で公認したものをいい、その各品種の猫達も自然発生種ではなく、人為的に交配して育種した人為発生種として作られています。

目が青い、毛が長い、色が白い、縮れ毛、無毛、短脚、ボブテイルなど、人間にとって好まれる特徴は、本来の自然界の猫としては、劣性遺伝子や突然変異です。自然の法則からすると、自然界に生存できない劣性同士の掛け合わせは、ほぼないのですが、人為的に劣性遺伝同士を交配させて、自然界にはない珍しい品種を育種しています。現在、純血種として血統書登録されている猫は約40種です。

人為的に作った劣性の品種ですから、自然界ではなかった病気やケガがおこります。長毛種のもう毛球症、無毛、縮毛種の皮膚病、短脚、短尾種の劣平衡感覚、内臓疾患等、それぞれの作った品種の特徴によって、それぞれの品種に対応するケアが必要になります。

本来の猫の感覚器や体型などの特徴は、森林や藪のなかでの立体的な動き、夕方~早朝までの夜間の薄暗い中での狩猟生活に適応しています。

(1)体型
猫の骨格は、弾力性のある強い靭帯によって結合されています。頭蓋骨から尾椎まで、均整がとれた柔軟な脊椎をもっています。これによって、曲げたり伸ばしたり、反らしたりができるということです。この体の柔軟性可動性を生かして、体を低く丸めて力をためて、効率よく後肢にパワーがもたらされ、抜群の瞬発力を発揮します。ただし、このパワーはジャンプやダッシュに特化しており、胸郭は狭い(つまり肺は小さい)こともあり、持久力には欠けます。他の四つ足の動物とはこのあたりも大きく違います。肩甲骨は、ほかの骨と分離しています。筋肉によって繋がった鎖骨があり、可動域が広がっています。これによって腕でモノをつかんだり、抱えたり、柔軟に動かすことができます。
品種はさまざまですが、犬と違い品種によっての体重の差は5倍程度(2㎏~10㎏)で、体格(体長50~60㎝)の差も大きくありません。

(2)鼻(嗅覚)
猫の嗅覚(嗅細胞2億)は生まれた時から発達していて、犬(10億)よりは低いですが、人間(4千)よりははるかに高いのです。
猫の鼻は、においの感知、異物の侵入を防ぐほか、温度計の役目ももっています。0.5℃の違いを区別できるといわれ、熱い冷たいも舌ではなく、鼻で計って判断しています。いわゆる「猫舌」はあてはまりませんね。
食べ物の安全や好みも味ではなく、においで判断しています。
上顎には鋤鼻器(ヤコブソン器官)があり、フェロモンを感知する器官として発達しています。雌のフェロモンや尿の匂いをかいで、フレーメンと呼ばれる特異な形相は、においを感知したときに嚢への導管を開く行動です。

(3)耳(聴覚)
猫は感度の良い肉球や手根部の毛を通しても音を感知しています。
65,000Hzという高周波の音まで聞き取ることができます。齧歯類の多くは20,000~90,000Hzの超音波の鳴き声で、この声やカサカサと動く高周波音を聞き取っています。もっとも聞き取りやすい周波数は2,000~6,000Hzといわれ、子猫の鳴き声に匹敵します。人の声の200~4,000Hzの高い音にあたるので、高音を発する女性の方が猫にとっては聞き取りやすいのですね。
猫は12以上の筋肉を駆使して、耳介を正確かつ微妙に動かし、獲物の位置を正確に感知することができます。
また、耳介に多数分布している毛細血管の収縮拡張で、体温調整もしています。
内耳の前庭器官が発達していて、平衡感覚やアクロバットな動きの素晴らしさはいうまでもありませんね。樹上を含む立体的な環境で生活するための適応能力です。

(4)眼(視覚)
暗いところでも行動できる猫は、網膜が発達している。その主要な光需要細胞の桿状体細胞がとりわけ発達しています。人の3倍以上の桿状体細胞をもちながら、色を感知する錐状体細胞は人の1/5以下しかなく、赤色を感じる細胞が欠けているので、猫の眼には黄色から青色までの狭い範囲の波長しかとらえられない。つまり、赤色は黒く見えていると思われます。猫にとっては暗闇でものを見る能力や形状を見分ける視覚(立体視が優れている)の方が必要だったのでしょう。
そのため、瞳孔は人の3倍以上開くことができます。人の3倍以上の光量を網膜に導くことができ、タペタムという反射板が備わっていて、わずかな光を反射するので、夜猫の眼が光るのは、その反射板に光があたっているからです。
昼間はその大切な網膜を保護するために瞳孔を閉じてスリット状にしています。
猫の眼は、顔の前面に並んでいます。猫の視野は狭く、素早く動くものに対しては驚くほど迅速に反応することができますが、動きの遅いものにはほとんど反応しません。人が動きを感じる速さの10倍以上のや速さで動くものにしか反応しません。つまり、猫とおもちゃで遊ぶときは、動かす素早さも必要ですね。

(5)ひげ
猫のひげは、毛根部が深く三叉神経が分布していますから、わずかな刺激にも敏感です。人間でいうと頭部にある神経路です。目、顔面、歯茎、顎など頭部でおこる、わずかな痛みでも耐えがたい場所ですね。
猫のひげは、獲物との距離、障害物との距離、空気の振動を感知しています。
興奮したり、緊張したり、集中したりすると、口唇周辺の筋肉が緊張するので、ひげはやや前方に突き出すように立ちます。反対にリラックスしているときは、全身の筋肉が緩んでいますので、ひげも下方を向き垂れ下がっているようになります。体調が悪い時も、筋肉に力が入らなくなってひげが下がるので、注意しましょう。

(6)歯
猫の歯は肉食動物独特のもので、門歯は小さく獲物の皮をはいだり、毛をむしるために使われ、犬歯は獲物の脊椎を脱臼させたり咥えて運ぶときに固定するもの、臼歯で肉を切り裂いて飲み込める大きさにします。後臼歯は痕跡程度にしかありません。
猫の歯も人間と同じで、一度生え替わります。生後2週間から生えはじめ、犬歯、門歯、臼歯の順で8週目までに26本がそろいます。そして、生後3ヶ月を過ぎると、永久歯に生え変わります。大人の猫は、門歯が上下各6本、犬歯が上下各2本、臼歯が上6本、下4本、後臼歯が上下各2本の計30本です。
猫の味覚は、甘い、酸っぱい、苦い、塩辛いの4つです。

(7)脚
猫の前肢の指は5本ですが、後肢の指は4本です。肉球の表面は柔らかく、着地するときのクッションの役割をしています。また、肉球には猫の唯一の汗腺(エクリン腺)があります。猫の発汗量は圧倒的に少なく、あえぎ呼吸などの補助的な放熱も発達していません。
猫が単純に暑さに強いというのは間違いで、単に猫の起源から(エジプト発祥=暑さに強い)という思い込みで、エジプトと日本の気候は全く異なります。エジプトは乾燥しているので、昼夜の寒暖差が大きく、40℃以上差が出ることもあります。夜行性の猫は、昼間の高温時には森林の日陰や穴蔵に身を潜め、気温の下がる夜に行動しているのですから、単純に暑いのが得意とは言えないのです。高温多湿で、夜間も気温がさがらず高温である日本の夏は、実は猫にとってはとりわけ暮らしづらいといえます。
猫の爪は、獲物をしっかり押さえ込むために湾曲しています。猫の爪は何層もの角質が重なってできています。猫が爪とぎするのは、古くなった外側の層をはがすためとマーキングをするため、ストレスを発散するという意味もあります。
自分の縄張りを主張し、確認して安心するための行動ですから、爪とぎする場所を何カ所か用意してあげてくださいね。

(8)尾
本来、猫の尾は長いのですが、個体差や遺伝によって長さは様々です。
猫の尾は、走ったり跳んだりするときのバランスをとっています。
また、コミュニケーションとしても重要な役割があります。母猫や親しい猫に近づくときや機嫌のよいときはピンと尾を立てます。まだ子猫の時に母猫からの保護を受けていたときの排泄を促してもらう時のなごりであり、人に対して尻尾を立てて近寄ってくる猫は、「私は子猫です。だから、餌をください、守ってください」というアピールと考えられています。
反対に驚いたとき、攻撃時などには、全身の筋肉が硬直しますから、体も尻尾の毛も逆立てて膨らみす。

まだまだ猫の体の細かい構造や機能、行動や健康、病気の特徴など、猫の特徴はたくさんあります。
猫の体の構造や機能、本能や生態行動は、人間の感覚と一緒ではありませんから、まず人間と猫との違いを知ること。猫の特有の特徴を知ることで、もっと猫も人も快適に仲良く同じ家の中で共存していくことができると思います。

※林良博監修「猫学」講談社 参照

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第3話「猫がペットとして飼われたわけ」

 

私たちがペットとして飼育している猫の動物学的な分類は、どんな血統書がくっついていても野良猫でも同じです。動物学名は「フェリス・カトゥス(和名:イエネコ)」といいます。
※詳しい猫の分類については、とても分かりやすく説明されているサイトがあったので、知りたい方は、是非一度そちらをみてください。
「ゴロにゃんママの情報局」https://www.rakuten.ne.jp/gold/56nyan/joho/neko/neko_ieneko.htm

 

祖先種はリビアヤマネコで、エジプトが起源という定説があります。それは、今から約3500年前の(紀元前1400年頃)デイル・エル・メディナの壁画にイエネコして描かれているからです。
しかし、平成になって2004年、地中海にあるキプロス島で、9500年前(紀元前8000年頃)の墓の遺跡から、人間とともに埋葬された猫の骨が発見されました。
今後、これまで定説とされていたエジプト起源は変わっていく可能性があります。

もともと猫は臆病で警戒心の強い動物ですから、祖先種のリビアヤマネコは、森の中に生息し、人間のそばに住むことはありませんでした。
人類が農耕をするようになって、一定の場所に定住し、穀物を貯蔵するようになったのが猫と人が接点をもったキッカケです。
ネズミがその穀物の保管場所に集まるようになり、そのネズミを捕食していた猫もネズミを追って、人類の近くに移動してくるようになりました。

猫は猟犬のように飼いならすことはできませんから、穀物の収穫が増える=ネズミが増える=猫が住み着く=豊穣のシンボルとして、その存在は特別なものになったと考えられています。

その後、エジプトでは多産な猫は、受胎と豊穣のシンボルとして「バステット(猫女神)」とされ、夜に目が光り、暗闇でも獲物が見え動き回る猫は、太陽神「ラー」の化身だとあがめられてきました。

紀元前30年、クレオパトラの艦隊が敗北し、エジプトはローマの支配下におかれました。それから約400年後、ローマ皇帝テオドシウスがキリスト教を国家宗教と定めたことにより、猫神の信仰は否定されることになりました。
この頃から、猫はネズミ退治の役割として、エジプトからヨーロッパ全体にまたたく間に広がったようです。それまで、ヨーロッパでネズミ退治の役割をしていたのは、フェレットでした。

しかし、キリスト教がヨーロッパ全土に浸透し、宗教間の軋轢が高まってくると、夜行性で隠密の行動をし、従順性のない猫は、次第に悪魔的な存在とみなされ、魔女と同じように迫害されるようになりました。

猫の評判が回復したのは、それから1000年近く経った18世紀になってからです。ペストなどの感染症が蔓延し、ネズミ退治の能力が再評価されるようになりました。19世紀になり、パスツールが感染症の原因がネズミや家畜などが原因の最近であることを発見すると、今度はネズミ等が迫害を受け、綺麗好きでネズミ退治もする猫は、ペットとしての地位を確立することになりました。

日本に猫が伝えられたのは、中国から仏教の経典とともにネズミの害から守るためだとされています。もっとも古い記録は、西暦889年の『宇多天皇御記』に「黒猫を先帝から譲り受けた」という記録があります。

これより古い文献「古事記」や「日本書紀」には猫の記述はありません。

最初は舶来の唐猫で希少で貴重な動物でした。「枕草子」や「源氏物語」でも貴族の間で寝殿内でひもでつないで買われていたと描かれています。

猫の習性から考えると、つないでおかなければいつの間にか抜け出してしまい、気に入った場所があればそれきりどこか行ってしまう、「家につく」と言われるゆえんですね。

1602年に「一、洛中の猫の綱を解き、放ち飼いにすべし事。一、猫売り買い停止の事。この旨相背くにおいては、かたく罪科に処される」という高札がたてられたと、「御伽草子」に記録があります。洛中とは、当時の京都市街のことです。それは、街中のネズミ退治のためでしたが、いわば徳川綱吉の「生類憐みの令」の先駆けですね。

日本には猫を捕食する動物がいなかったこと、多産であることから考えると、あっという間に、日本各地に増えていったのは、容易に想像つきますね。

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第2話「西洋人の動物を支配するという感覚」

前回、第1話で紹介した日本人がもっている動物に対する価値観と西洋人が持っている動物に対する価値観は、根本的に違いがあります。それは、双方が生きてきた環境によって、自然や動物との関わり方が大きく変わるからです。自然環境の違いから形成されていった、思想や理論が何千年、何百年と受け継がれて今日に至ります。
どちらが良い悪いではありませんから、違いを知ることが理解の第一歩になります。

 

動物に対する価値観や考え方は、その土地の自然環境に大きく影響し、その影響は宗教や文化も形成していきます。その宗教や文化のもと、さらに動物に対する対応や価値観、序列が形成されます。

世界で動物に対する考え方の違いは、当然おこります。国や地域によって自然環境が全く異なることもあり、自然との関わり方や自然からの影響、地域によって生物の生態や種類も違うので、その土地によって人の生活形態も変わります。

自然環境が人間の根本的な性質を形成すると考えられることから、大きく「狩猟型と農耕型」と分けたり、「砂漠型、牧場型、モンスーン型」と分類する規定もあります。

明治以降、日本人が大きく影響をうけた、西洋文明の基礎には2つの大きな思想が根底にあります。
「ヘブライ思想」と「ギリシア思想」です。西洋人の動物に対する対応は、この2つの思想をもとに形成されてきました。

「ヘブライ思想」は旧約聖書の基になった思想です。
その旧約聖書の「創世記」には、神がすべての生き物を創り、神の形に似せた人間を創り、その人間に「地の上を這うものはすべて支配せよ」「すべての生き物は人間の食料とするがよい」と言われて、神が人間に殺生を許したことによって、他の生物を利用し食べることが正当化されました。この旧約聖書の動物観は、のちにキリスト教にも受け継がれていきます。

ギリシアの哲学者アリストテレスは、「動物は理性がないから人間に利用されるために存在する。自然が動物を人間のために作ったのだ」と言いました。
アリストテレスは「理性」を最高原理として、序列づけをしました。
人は理性を持っているので頂点に位置し、動物は運動能力を持っているので人の下、動けない植物は動物の下としました。
さらに、人の中でも序列をつけました。男性が最上位で次に女性、その下に奴隷を置きました。古代ギリシアのアテネが最も盛えた時期、人口およそ50万人のうち、市民はわずか2万1千人。それ以外の大半は奴隷だったのです。
アリストテレスは、奴隷と動物を同一のレベルで論じています。「奴隷と飼いならした動物との労力や効果はほとんど変わらない」と。

これらの旧約聖書の動物観とアリストテレスの人間優位の動物観を融合して、西洋人に深く定着させたのが、トマス・アクィナスというキリスト教の神学者でした。
アクィナスは「神学大全」の中で、「不完全なものは完全なもののために存在するのが自然の秩序である。神の意志により、自然の秩序の中で動物は人間が利用するために存在し、それを殺して食べても利用しても、神の法に反しない。」
この主張がローマ・カトリック教会の正式見解となり、20世紀に至るまでキリスト教世界ではゆるぎない権威を保っていました。

アリストテレスに次いで人間優位を正当化し、動物の地位を徹底的におとしめたのは、近代哲学の祖と言われているデカルトです。デカルトは「動物は自動機械である」と言い、時計と同じ原理で動いていると言いました。
理性のない動物は思考能力がない、なぜなら言語を持っていない、ゆえに心がない。心がないから意識がない。意識がないから感覚がないといい、焼きゴテを当てたり、切りつけたりして、暴れたり悲鳴をあげるのは、蝶番が音を立てるのと同じ原理である。これが、デカルトの動物機械論の内容でした。

「動物は痛みを感じない」というデカルトの主張は、当時、麻酔などない時代に動物の生体解剖や動物実験をする人の良心の呵責を和らげるのに大いに役立ちました。

18世紀末になり、イギリスにこれまでと違った動物観を唱える人が出てきました。ジェレミー・ベンサムという哲学者でした。
ベンサムは道徳の哲学を体系化した人として有名です。「正しい行為は世の中に多くの幸福をもたらす行為である」といい、「幸福とは精神的、肉体的な痛みや苦しみのない状態である。動物も痛みや苦しみを感じるのだから、人間が正しくあろうとするならば、動物に対しても痛みや苦しみを受けないようにしなければならない。それが私たち人間の道徳的な義務である」と説きました。

「なぜ法律は感覚のある生き物を保護しないのか。生きとし生けるものすべてのものが慈愛を持って扱われる時がいずれ必ずくるだろう」と、それまでの西洋の考え方とはまったく逆の新しい動物観でした。

このベンサムの道徳的思想が、現代の西洋の動物に関する考え方に向かって、大きく転換していきますが、それでも長らく続いた「神が許した人間優位の動物観」が、どこか端々に残っていることはいたしかたないのかもしれません。

最後に、1952年にノーベル平和賞を受賞したフランスの哲学者アルベルト・シュヴァイツァー医師は、受賞の理由を「生命への畏敬の理念を現代の人類の思想に導いたこと」であると言い、「文化の核心は論理であり、論理とはすべての生き年生けるものへの無限の責任である。生命そのものが神聖なのだ。動物解剖や動物実験などの行為が価値ある目的を追求しているからといって、正当することは許されない。人間のためにかかる動物の犠牲が本当に必然性があるかどうかを、我々は毎回深く考慮しなければならない。できる限り苦痛を軽減するように細かく心遣いしなければならない。犠牲によって人間にとって貴重なものが得られたならば、他のすべての生物に対して、可能な限りの善を成すという責任が我々に生じる。」と説きました。

この二人の哲学者の理念が、これまで根付いてきた人間優位の西洋の思想の枠を超えて、東洋的な共存感覚に似た慈悲や畏敬の心に向かう布石となっています。

西洋の多くの国では、古来より狩猟を主として生き抜いてきた文化です。
一年中大きく変動することのない気候のもと、自然に翻弄されることのない人類は、自然環境に合わせるのではなく、その環境を支配する(縄張りにする)という思想が生まれます。よりよい環境へと移ろうとすれば、守ろう奪おうとして戦いが生まれていきます。
多くの民族が点在し、大きな大陸で地続きでつながっていますから、衝突は当然おこりますね。
そんな中で古来から神への信仰が受け継がれてきた西洋の人間優位の思想と、自然環境に合わせて他の生物とも共存してきた私たちの思想とは、根本的に違った価値観や文化が形成されてきたのも当然のような気がします。

のちに現代の『アニマルライツ(動物の権利)』へと繋がっていく、ベンサムの思想は、慈悲や慈愛、仁心という道徳観という観念から、東洋、西洋などの国土の枠を超えて、世界に共通して「人間の善の部分」を明確にした愛の思想であったように思います。

 

※和辻哲郎著「風土」岩波書店 参照

注)アリストテレス(紀元前384-322)
注)トマス・アクィナス(1224-1274)
注)ルネ・デカルト(1596-1650)
注)ジェレミー・ベンサム(1748-1832)
注)アルベルト・シュヴァイツァー(1875-1965)

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第1話「日本人にある自然と共存する感覚」

私たち日本人は、四季のあるこの国土で、自然と調和して暮らしながら、いのちをつないできた農耕民族です。

春に田畑を耕し種をまき、梅雨の雨や夏の太陽の恩恵をうけて作物が育つのを待ち、秋に収穫をし次の年の種や冬の間の食べ物を保存して、また春を迎える。
水や太陽だけでなく、そこに住む虫や動物たちも、私達の食物(植物)の成長に欠かせない存在です。
植物から昆虫、人間を含む動物まで、すべての生物がこの国の四季と調和して、自然の恵みをうけながら、この国で同じように命をつないで生きています。

自然環境や食物連鎖のピラミッドは、どれが欠けても成り立ちません。まだ学問もない太古の昔から、私達は感覚でそのことを知っており、命あるものはすべて同じであるという考えをもっています。

日本の昔話では、タヌキが僧侶に化け、鶴が少女に化けるなど、動物が人に変わる言い伝えが多くあります。動物が意志を持って、人に姿を変えたり、反対に人が動物に姿を変えたりするお話が多いです。

これは、西洋ではほとんどありません。赤ずきんのオオカミでさえ、おばあさんの服を着て仮装をしていただけです。人が魔法などで動物に変えられるのは、尊厳をおとしめられたり、墜落させられることであり、動物の劣等性を表現しています。

私たちは古くから、自然崇拝、先祖崇拝の民族です。”命あるもの、この世に存在するものはすべてに神が宿る”という意識が奥底にあります。
約1480年前に仏教が伝来したとき、「全ての生き物を殺してはならない」という、不殺生戒は、すべてのものは尊いという考えの私達の共感を得て、日本に広く根付きました。

四国巡礼のお遍路さんは、杖を持って鈴を鳴らしながら歩いています。あれは、もともとは間違って動物をふみつけないためだと言われています。熊除けなどは後付けの理由のようです。

仏教が伝来して約137年後、675年に天武天皇が「天武の勅令」で肉を食べることを法律として禁止してから、1857年の徳川幕府による「牛馬屠殺禁止令」に至るまで、動物を殺したり食べたりすることを禁止したり、逆に動物をいたわるようになどという政府による命令が、その1182年の間に何度も出されています。

なかでも有名な「生類憐みの令」は、「お犬様」とそこだけクローズアップして揶揄されがちですが、本来の意図を知ってほしいです。
生類とは、人、牛馬をはじめとする動物を全てをさしています。儒教や仏教から「慈悲」を最も重要な教えだと学んだ綱吉は、その教えを政治に生かそうとしていました。
子供や老人を捨てたり、牛馬を捨てたりすることを禁止し、動物に芸をさせて見世物にすることを禁止し、肉食の禁止、遊びや博打等による殺生の禁止、飲酒の禁止、当時の奔放な人々を「仁心」へ導こうとしていたと考えられています。

明治維新以後、西洋文化に大きく影響を受けた日本人は、西洋人に追いつけとばかりに西洋のスタイルを取り入れ、肉食が定着していきます。何千年も続いてきた自然や動物へ対する価値観も、明治~昭和のたった100年ほどで大きく変わってしまいました。


近年、自然破壊、環境破壊、動物虐待などのニュースが、日本だけではなく、地球上で深刻な問題がたくさん浮き彫りになっています。
この四季があるこの国土に生まれ、自然に調和しながら暮らしている私達だからこそ、自然の厳しさや有難さが身に沁みており、人が生きていくためには自然と共存することが大切だと感覚的に分かっているのではないかと思います。

気候も自然も動物も植物も人も、すべてが自然の中で循環していて、私達ももちろんその一部であり、環境も食物も連鎖していてます。何がひとつ欠けても歯車が狂ってしまうことに気づいてほしいです。

少なくとも縄文時代の頃…16000年以上も前から、自然と調和しながら、いのちをつないできた私達です。DNAにしっかり組み込まれていると思うんですけどね。

人間優位ではなく自然と共に生きる感覚を、一人一人が感じてくれたらいいなと願っています。

※和辻哲郎著「風土」岩波書店 参照
※中村禎里著「日本人の動物観」海鳴社刊 参照

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