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第1話「日本人にある自然と共存する感覚」

私たち日本人は、四季のあるこの国土で、自然と調和して暮らしながら、いのちをつないできた農耕民族です。

春に田畑を耕し種をまき、梅雨の雨や夏の太陽の恩恵をうけて作物が育つのを待ち、秋に収穫をし次の年の種や冬の間の食べ物を保存して、また春を迎える。
水や太陽だけでなく、そこに住む虫や動物たちも、私達の食物(植物)の成長に欠かせない存在です。
植物から昆虫、人間を含む動物まで、すべての生物がこの国の四季と調和して、自然の恵みをうけながら、この国で同じように命をつないで生きています。

自然環境や食物連鎖のピラミッドは、どれが欠けても成り立ちません。まだ学問もない太古の昔から、私達は感覚でそのことを知っており、命あるものはすべて同じであるという考えをもっています。

日本の昔話では、タヌキが僧侶に化け、鶴が少女に化けるなど、動物が人に変わる言い伝えが多くあります。動物が意志を持って、人に姿を変えたり、反対に人が動物に姿を変えたりするお話が多いです。

これは、西洋ではほとんどありません。赤ずきんのオオカミでさえ、おばあさんの服を着て仮装をしていただけです。人が魔法などで動物に変えられるのは、尊厳をおとしめられたり、墜落させられることであり、動物の劣等性を表現しています。

私たちは古くから、自然崇拝、先祖崇拝の民族です。”命あるもの、この世に存在するものはすべてに神が宿る”という意識が奥底にあります。
約1480年前に仏教が伝来したとき、「全ての生き物を殺してはならない」という、不殺生戒は、すべてのものは尊いという考えの私達の共感を得て、日本に広く根付きました。

四国巡礼のお遍路さんは、杖を持って鈴を鳴らしながら歩いています。あれは、もともとは間違って動物をふみつけないためだと言われています。熊除けなどは後付けの理由のようです。

仏教が伝来して約137年後、675年に天武天皇が「天武の勅令」で肉を食べることを法律として禁止してから、1857年の徳川幕府による「牛馬屠殺禁止令」に至るまで、動物を殺したり食べたりすることを禁止したり、逆に動物をいたわるようになどという政府による命令が、その1182年の間に何度も出されています。

なかでも有名な「生類憐みの令」は、「お犬様」とそこだけクローズアップして揶揄されがちですが、本来の意図を知ってほしいです。
生類とは、人、牛馬をはじめとする動物を全てをさしています。儒教や仏教から「慈悲」を最も重要な教えだと学んだ綱吉は、その教えを政治に生かそうとしていました。
子供や老人を捨てたり、牛馬を捨てたりすることを禁止し、動物に芸をさせて見世物にすることを禁止し、肉食の禁止、遊びや博打等による殺生の禁止、飲酒の禁止、当時の奔放な人々を「仁心」へ導こうとしていたと考えられています。

明治維新以後、西洋文化に大きく影響を受けた日本人は、西洋人に追いつけとばかりに西洋のスタイルを取り入れ、肉食が定着していきます。何千年も続いてきた自然や動物へ対する価値観も、明治~昭和のたった100年ほどで大きく変わってしまいました。


近年、自然破壊、環境破壊、動物虐待などのニュースが、日本だけではなく、地球上で深刻な問題がたくさん浮き彫りになっています。
この四季があるこの国土に生まれ、自然に調和しながら暮らしている私達だからこそ、自然の厳しさや有難さが身に沁みており、人が生きていくためには自然と共存することが大切だと感覚的に分かっているのではないかと思います。

気候も自然も動物も植物も人も、すべてが自然の中で循環していて、私達ももちろんその一部であり、環境も食物も連鎖していてます。何がひとつ欠けても歯車が狂ってしまうことに気づいてほしいです。

少なくとも縄文時代の頃…16000年以上も前から、自然と調和しながら、いのちをつないできた私達です。DNAにしっかり組み込まれていると思うんですけどね。

人間優位ではなく自然と共に生きる感覚を、一人一人が感じてくれたらいいなと願っています。

※和辻哲郎著「風土」岩波書店 参照
※中村禎里著「日本人の動物観」海鳴社刊 参照

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